香港は世界的にも有名な競馬が盛んなところです。今度の12月10日には、世界のトップジョッキーが集まって國際騎師錦標賽(International Jockeys' Championship)が?馬地(Happy Valley)競馬場で開かれます。つづく14日は沙田(サーティン)競馬場で香港國際賽事(Hong Kong International Races)が開かれます。ということで、今回からは競馬の場所として、高級住宅地としての顔を持つハッピーバレーを紹介したいと思います。
伏線としては、香港政庁は1844年に禁止賭博条例を発令したことにあります。麻雀を筆頭に賭け事が好きな中華系である香港人の不満が高まっていました。競馬はそういった香港市民の不満のはけ口として、競馬を香港に持ち込むことにしましたといわれています(近代競馬を完成させたのはイギリスです)。香港政庁としてはお金が競馬を通じて入ってきますし、禁止条例施行後、賭博は地下に潜ってしまいある種の逆効果を生んでしまったこともあり、それの解消も担ってくれるという一石二鳥のものでした。
ただ、どこに建設するかが問題となりました。競馬場にもなるとそれなりの土地が必要となります。もともとハッピーバレー競馬場周辺は沼地や湿地帯でほとんど土地として使い道がないため、ここを干拓して使ってしまおうと考えたわけです。そして、ハッピーバレー競馬場は1846年にめでたくオープンしました。
この競馬場の歴史を語る上で欠かせないのは、この競馬場の大火事です。1918年2月26日の午後3時ごろ、第5レースのとき、大勢の観客で埋まっていたスタンドが崩壊。スタンド下には、出店のような食堂が少なからずあり火が引火して瞬く間に広がりました。死者590人に達する香港の火災史上最も死者が多い事故となってしまいました。
そんな火災を乗り越えて、今では、豪華スタンドが建設され、大火があったことなどみじんも感じさせません。競馬場の内側にはサッカー場などがあり、日本人の大人、子どもサッカーチームが週末になるとよくプレーしている光景を目にします。(武田信晃著)
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